君が前を向き続ける限り

ただ一緒に夢が見たい。応援したいと思わせてくれた。

7年の茶の間ファンを卒業した話。前半





7年前テレビの中にいる相葉くんに幼いながら心を奪われた私は先日、初めて嵐のコンサートに行ってきました



嵐さんまじレベル違い過ぎてライブ終わった後頭痛がすごかった




ここからは、5×20に行くまでの私の嵐人生を軽く思い返したものになります。大した内容じゃないので、飛ばしてもらって全然構いません。半端なく長いです。本編はこちらにつけておきますので、そちらだけでもご覧頂けたらと思います。


本編

当時小学生の私は父親に「嵐のCDが欲しい」と言ったのだと思います。初回限定版と通常版の違いが多分わかってなかった父親が嵐の最新アルバムpopcornの通常盤を買ってきてくれました。CDの外封に付いていたドラマの主題歌リストが綺麗に切り取られて内側のCDケースに貼ってあるのを見ると当時を鮮明に思い出します。母「あんた、お父さんとよくワイルドアットハート踊ってたね」


私が相葉くんを好きになったきっかけは「三毛猫ホームズの推理」だったのだと思います。翌年に誕生日プレゼントでもらった三毛猫の抱き枕にホームズと名前が付いているので多分。その年の年始のTVガイドが家で発見されて久しぶりに中身を見てみたら相葉くんのお年玉袋だけ使われていました。母「相葉くんのお年玉袋に入れて欲しいって言われたから買ったの懐かしい」


そこから多分私の嵐ファンの人生が始まるのだと思います。当時の私は嵐にファンクラブなるものがあるのは知らなかったと思うし、そもそもジャニーズが何かも知らなかったと思います。同じクラスの子が嵐のライブに行くと言っていたのも知り合いなのかな?としか思ってなかったと思うし、多分存在してるとも思ってなかったと思います。それくらい、私にとっての嵐はすごい存在でした。



そんなある日、所謂お茶の間のファンをやってた私は嵐と一緒にMステに出演していたHey!Say!JUMPを好きになり、伊野尾くん担当だと名乗るようになりました。


ここで家族会議です。 私が「Hey!Say!JUMPに会いたい。コンサートに行きたい。」と言うと「嵐じゃないのか?」と聞かれ「嵐は会員数が200万もいる。JUMPは30万なんだ。伊野尾くんの方が会いに行きやすい」と言いJUMPのファンクラブに入会する事になります。父親に嵐はどれくらいファンがいるんだと聞かれて調べたら200万人と出てきて家族全員言葉失ったのはマジで覚えてます。父親「60人に1人は嵐のファンなのか??」




そんなこんなで、気がついたらJr.の担当もできてヲタク楽しい!!とか言っていた時、私の携帯に一通のメールが届きました。それはワクワク学校の当選メールでした。友人に頼まれて申し込んでいたものだったけれど、友人も当たっていた為せっかくなので自分で行く事にしました。その時に同行者として名前を使っていたのが後に櫻井翔くんに落ちる友人でした。友人とチケット発行をしに行った際「外野席6列目」がどこか分からずセブンの前でプチパニックを起こしたのもいい思い出です。


7月1日初めて相葉くんを見た時、存在している事に感動して涙が止まらなかったです。外野席6列目はとてつもなく近かった上に相葉くんのテレパシー実験が目の前で自分の送ったテレパシーが通じてジャンプアップが成功する瞬間を目の前で見たのは忘れられないし、かっこよ過ぎて涙枯れるかと思うほど泣いた……正直なかなかアホみたいな企画だな?!相葉くんらしいな?!なんて思ってた矢先だったのでかっこよすぎて気失うかと思いました。


学校を出たあと、捌ける時に櫻井くんと相葉くんがディスコスターウォークをやったのを見て興奮し過ぎて横腹つった友人はワクワク学校で発表された20周年anniversary tour 5×20に行きたくてその場でFC入会してました。友人「誰か1人決めなきゃいけないの?そんなの無理でしょ……とりあえず顔がかっこいいから松本さん。」君しばらくしたらzeroリアタイするようにってるよ。


その1週間後私もFC入会をしました。7年間越しに相葉くんに課金した為茶の間を卒業しました。いや〜〜長かった。その間のCDを買っていたわけでもなくただ7年間テレビの中の相葉くんを見ていただけだったけど、同じ人を7年も見ていたってすごい時間だなぁってしみじみしちゃいました。


「20周年記念のライブに行きたい。昔のファンしか当たらないかもしれないけど、それでも彼らの20周年を見たい。」その思いで友人と5×20申し込んだけど、案の定外れました。そりゃそうだよねなんて言いながら相葉くんの誕生日の日せめて心だけは東京ドームにとグッズを買いに行こうと決めていた時、友人からand more…の詳細が発表され追加公演が決まったと報告がきました。友人「夏ないじゃん!てか、多すぎ!!」


そこから私たちの葛藤が始まります。 今年受験の年になる私たちが行けるのは4月の東京、名古屋のみでした。そこしか行けない、申し込めないことを知った時の落胆といったらとんでもなかったです。しかし、行ける日数が少なくて萎えてた私たちに追い討ちをかけるように活動休止が発表されました。携帯の向こうで泣き過ぎて過呼吸になっていた友人に「明日の生き方がわからない。単純に嵐のない生活なんて信じられない」そう言われて涙が止まりませんでした。


だいぶ落ち着いて、受け入れなきゃいけない事実と向き合い始め、今存在する嵐を十二分に楽しもうと前を向いた頃、and more…の申し込みが始まりました。名古屋と東京に的を絞った私たちは松本くんが言っていた「みんな1回は入れると思うから!」の言葉を信じて当落を待っていました。が、しかし先に当落の出た友人から「なんで外れるんだろう」と落選の写真が送られてきました。


まだ私の名義の当落があるからと友人に言ってもまさに心ここに在らず状態でこの世の終わりみたいな顔してました。友人「やっぱりワクワクからじゃ新規枠だったのかな。」


本編落選、嵐活動休止、アンドモア友人落選と地獄のような5ヶ月に終止符を打ってくれたのは、自名義の当選メールでした。私の電話待ちをしていた友人にすぐ電話をかけ当たったと伝え朝の10時頃2人で大泣きしました。まじで、本当に生きていけると思った瞬間でした。友人「私の悲鳴で姉が起きたってよ」



地獄の5ヶ月が嘘のように毎日幸せ!と叫ぶ友人は本当に幸せそうで当たった私も思わずあんたが幸せそうで何よりだよ…って思うほど嬉しかったです。こんなに感情がコロコロ変わる人見た事ないってぐらい凄かった。



そんなこんなで、3月22日現場納め宣言をしたはずなのに、SixTONESの横アリ単独公演に行ってスト担の友人と帰っていた時、友人から「復活当選した。名古屋、行くよね??新幹線まだ席あるし、行こうね。行こうね!」と連絡が入っていました。私「復活当選って幻だと思ってた。」





私の嵐人生を少し思い返してみると後半なかなか感情が忙しいな……。次は初嵐コンサートと5×20の感想になります。ネタバレ等を含む可能性がありますので、お気をつけください。